今こそ話そう。僕のコンプレックス「吃音」について。

 

 

最近、ながさきログの読者さんから「YouTubeで動画発信はしないのですか?」と聞かれることが増えてきた。

 

確かに、今の時代の情報発信では動画が中心で、ブログなど文字で伝えるメディアはオワコンと言われている。それでも、僕は文字で長崎の魅力を発信していくことを選んだ。その理由は、僕が動画撮影と相性が悪い欠点を持っているからだ。

 

今回は少し恥ずかしいが、同じ想いを持っている同志に届くと信じて、僕のコンプレックスをさらけ出していく。

 

 



 


 

自信をなくすコンプレックス「吃音」

 

僕は吃音を持っている。

 

吃音(きつおん)とは言葉を発するときに口や喉元が硬直し、同じ音を繰り返したり、言葉が出るまでに若干のタイムラグを生じてしまうものであり、100人に1人の割合で発症する言語障害である。

だから、吃音の影響がない「文章」で長崎の魅力を発信する方が自分に合っていると思い、このスタイルを継続している。

 

 

結果的に、僕の吃音は現在でも全く治っていない。それどころか、1つの文章を読み上げるのにも1回は必ず噛んだり言葉を詰まらせる

 

ある時、飲み屋の隣に座っていたラジオDJの方から「吃音さえなければ、すぐにでもラジオパーソナリティに採用できる良い声を持っているんだけどなあ」と言われたこともあったが、治らないものはどうやっても治らなかった。

 

現在、週に1〜2回は人の前で何かを話す機会があるが、後で自分の発表を聞いてみると自分に嫌悪するくらい酷いものになっている。でも、治らないものはどうしようもないので、僕は治すことを諦めた

 

その代わり、全身全霊で話をするように心がけている。情熱で話をしていると、相手も集中して聞いてくれて、多少の吃音であれば無意識に脳が補正してくれる

講演の後に話し方について尋ねたが、誰も違和感を感じなかったと言っていたため、もしかすると、人一倍熱量と自信を持って話すことが吃音の影響を少なくする方法なのかもしれない。

 

それでもたまに、何か話をしていると、相手から「?」という表情をされることもあったが、気にしないことにした。

 

 

今だからこそ吃音のコンプレックスをさらけ出すことができているが、吃音である自分を認めるようになったのはつい最近のこと。特に思春期の時期は相談しにくい悩みがつきものであり、そんな多感な時期に吃音が発症した僕は、人生に突如マイナス補正がかかった気がして嫌で仕方なかった。

 

吃音の問題を両親に話すこともできず、話そうとしても話す瞬間になった途端に自信がなくなって話せなくなる。気がつけば「はい」と「いいえ」しか言えなくなり、昔のRPGの主人公みたいになってしまっていた。

 

 



 


吃音を持っている仲間たちへ。

 

今回の記事を書くきっかけになった記事(引用:https://news.yahoo.co.jp/articles/993eab18ff97059448363332f52eb7833603c704)。

 

僕はみなさんの気持ちが本当に良くわかる。伝えたいことがあるのに、自信を持って伝えられない。これ以上厄介な病気はないと信じたいくらい辛いことだが、幸い現代は多様性を受け入れられる社会になりつつある。

 

勇気を持って、自分が吃音であることを親しい人に告白してみてはどうだろうか。きっと吃音を受け入れてくれるし、それを馬鹿にするような人間ならば友人であり続ける必要はない

 

お互いの欠点を認め合うことが、生きやすくて良い社会につながると確信している。

 


圧倒的欠点がある人は、他の人に優しくなれる。

 

僕の友人に、いつも滝のように手汗が出る人がいる。

どのくらいの量かというと、食事で使った箸から滴るくらいの量の汗。当然本人も真剣に悩んでおり、僕は相談を受ける形でその話を聞いたのだが、聞いてむしろ安心した。

 

「世の中に完璧な人はいない。みんな何かしらの欠点や、コンプレックスを抱えて生きている」と思えたからだ。

自身に圧倒的な欠点を見つけたとき、それがどうやっても治らず、自分の欠点を認めることができた瞬間に、人は初めて優しくなれるのかなと思った。

 

吃音のような個人にとって欠点と感じるものは、視点を変えれば「人に優しくできるために神様から与えられた1つのエッセンス」なのかもしれない。

 

 



 

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