ソーシャルデザインとは何か。この問いに対して、1人のソーシャルデザイナーの視点で回答します。
「ソーシャルデザインとは、社会の課題に対して、創造的に応答することである。」
はじめに:なぜ「ソーシャルデザイン」を語るのが難しいのか
「ソーシャルデザイン」という言葉は、一見シンプルなようでいて、実に多義的です。「ソーシャル(社会的)」と「デザイン(創造・設計)」という、いずれも多様な意味を持つ言葉が組み合わさることで、その定義やイメージは人によって大きく異なります。
しかしその曖昧さこそが、ソーシャルデザインの本質でもあります。なぜなら、この領域は社会の変化や多様な価値観、複雑化する課題と深く関わっており、ひとつの固定された定義に収まりきるものではないからです。むしろ、その広さと柔軟さを理解することが、第一歩なのです。
ソーシャルデザインとは何か
ソーシャルデザインとは、社会的課題の解決を目的とした「仕組み」や「価値」を創造するデザインのことです。単なる製品やサービスのデザインにとどまらず、人々の関係性や行動、制度や文化といった社会全体のシステムそのものを対象とします。
ユネスコはこれを「より大きな善のための、より良いデザイン(Better design for the greater good)」と定義しています。これは、個人の利便性だけでなく、持続可能で包摂的な社会の実現を目指す姿勢を示しています。
スタイリングを超えて──デザインの本質
日本では「デザイン=見た目を整えるもの」というイメージが根強くあります。しかし、真の意味でのデザインとは、課題を発見し、構造を読み解き、新しい選択肢を生み出すプロセスそのものです。
ソーシャルデザインは、貧困や障がい、環境問題、ジェンダー格差など、複雑で解決の難しい問題に対し、創造的で包括的な方法でアプローチします。それは、見た目の装飾ではなく、人が幸せに生きられる「仕組みそのもの」をつくる力なのです。
原点となる思想:ヴィクター・パパネックの警鐘
この分野を語る上で欠かせないのが、オーストリア出身のデザイナー、ヴィクター・パパネックの存在です。1970年代に出版された『生きのびるためのデザイン』の中で、彼は次のように述べています。
「デザイン業界における最大の問題は、使い捨てのためのデザインである。」
パパネックは、経済効率を優先し、自然環境や社会を犠牲にする20世紀型のデザインに警鐘を鳴らし、「倫理性」や「持続可能性」を重視する姿勢を示しました。彼の思想は、今日のソーシャルデザインの原点であり、今なお私たちに問いかけ続けています。
対症療法ではなく、原因療法としてのデザイン
現代社会の課題──過労や孤独、気候変動、格差など──は、単一の要因から生まれるわけではありません。それぞれが複雑に絡み合い、背景には「効率と経済性を最優先する社会システム」が存在します。
だからこそソーシャルデザインは、目の前の問題を一時的に解決する「対症療法」ではなく、社会の構造を根本から見直す「原因療法」の視点を大切にします。関係する人・環境すべてに配慮したホリスティック(全体的)な視点が求められるのです。
私自身から始めるデザイン:「自分ごと」としての出発
ソーシャルデザインの出発点は、特別な資格や肩書ではなく、「どうしても放っておけない」自分自身の問題意識です。
なぜ、それに関わりたいのか?
誰の幸せを願っているのか?
自分だけが語れる体験や物語は何か?
こうした問いに対する真摯な答えが、プロジェクトを動かす原動力になります。誰かのコピーではなく、「私自身の物語」から始まるデザインこそ、他者の心に響く力を持っているのです。
楽しさが行動を変える
持続可能な変化を生むためには、「楽しい!」という感情の力を見逃すことはできません。義務感からの行動は長続きしませんが、ワクワク感や喜びから始まる行動は、人を自然に巻き込み、広がっていきます。
デザインには、人々の行動を前向きに変える力があるのです。
ソーシャルデザインの特徴:一石二鳥以上の発想
良いソーシャルデザインには、いくつかの共通点があります。
サプライズがある:思いもよらない新しい視点がある
思いやりがある:人を大切にする気持ちがにじみ出ている
複数の課題を一気に解決する:社会・環境・経済の複合的な波及効果がある
たとえば、「more trees」のように森と都市を結ぶ仕組みは、環境保全、文化継承、地域活性など多面的な成果を生み出しています。
ソーシャルデザインは「新しい当たり前」をつくる挑戦
ソーシャルデザインは、古い常識や限界のある仕組みを乗り越え、新しい社会の「当たり前」を創造する営みです。それは、専門家に任せるものではなく、私たち一人ひとりが参加できるプロセスでもあります。
小さな「なぜ?」から始まるアイデアが、社会を変える大きな一歩になる──。そんな希望を抱きながら、ソーシャルデザインという未来への道を、私たちは共に歩んでいけるのです。